ちょ、ちょっと待って!やっちゃったかもしれないんだ。

さっきまで永田町の
国立演芸場にいたんだよ。


神田松之丞さんの"二ツ目時代"っていう
独演会。


で、えーと、
ちょっと待ってね。
何から話をしたらいいかな。

今もさ、あたし
唾を飲み込む喉の奥が
キューって痛くてさ。


実はさっきさ
人には言えないようなことを
やっちゃったかもしれないんだよ。


髪は抜け落ちてザンバラで、
顔はデキモノだらけで、
膿がダラダラたれた悪臭放つ
乞食の女をさ、
戸田の川っぺりから突き落として
棒でバンバン殴ってさ。
しまいには、川底まで棒で押さえ込み
殺ってきた気がしてね。


松之丞さんと一緒に。


だって執念深い女でさ。
お紺、ていう名前だった。

捨てられたことを
根に持って。

お金を恵んでやったのに
帰ろうとするあたしの足首掴んで
迫ってくるからさ…。


で、仕方なくね。


怪談にはちょっと早い時期だけど
今日の3話目『お紺殺し』で
ゾクゾクするには
ちょうどいい鬱陶しさだ。
湿度といい、
会社での出来事といい。


帰宅して風呂に入ろうって
蓋を開けると
黒い影。

うわっ


水面に映る自分じゃないか、と
半笑いだ。

昨日の剃り残しだろうか。
腕や脛がチクチクするな、と
思いきや
国立演芸場から連れてきた
鳥肌だったのだ。


松之丞さんがお紺を
突き、
押さえ、
川に沈める表現を
扇子でもって演じていたのに
どうしても棒杭にしか見えないのだ。

あたしは観ていただけだよね、
神田松之丞さんを。

殺ってないよね、あたし。

でもさ、湯舟に浸かったはずなのに
全然あったまらないんだ。
身体がさ。


お紺が最後

"本当のことって悲しいね"って
言ったんだけど…

ずっとこの言葉に
取り憑かれていてさ。
頭から離れない。


講談ってなんて深いんだろ。

今さっき、
あたしが会社で思っていたこと
なんだけど。

さっきのお紺のセリフ。





#神田松之丞
#二ツ目時代
#お紺殺し