何の為に寄席に行ったか、だ。

今日の部活は池袋で寄席。

"いけいけ池袋夢高座"だ。

松之丞さんと一之輔さんと
萬橘さんに白酒さん。

そうそうたるメンバーで
勤務中からワクワクしていた。
机に居ながらも気分は池袋だ。

それなのに。


待ちに待った寄席。
隣の爺さんが
ペットボトルのお茶と缶コーヒーを
手に持って着席したのだ。

(まあ、合間に客席で一口
潤したりするのも
ちょいちょい有りだしな)
見て見ぬ振りを決めこんだ。

が、だ。

始まったら「カチン」と缶が開けられ
啜る姿が横目で見てとれる。

(お、ちょっと待ってよ)

もうこの時点で前座さんのネタが一切
入ってこなくなってしまった。

まだコーヒーが入っているであろう
開けっ放しの缶は床に置かれたまま。

もしあたしが
ウケて仰け反ったら
缶は見事に倒れ
辺り一面コーヒーの池池池袋になるかと
存じます、って
爺さんに言ってやりたかったな。


前座さんが終わったと同時に
近くでスマホの着信音が聞こえた。


(まさか爺さん、スマホの電源
切ってないとか?
次は、まさかまさかの
松之丞さんなんですけどぉ!)


隣の爺さんが次に何を仕出かすか
心配で心配で…。
目は前を向きつつも
右側の気配がはっきりわかるのだ。

競走馬さんがかぶるヘッドカバーが
あったら絶対借りたかった。
あの、横が遮られて
前に集中出来るやつ。
こういう時もいいかもな。
発明しようかなぁ…

なんてことを考えながら
見るもんじゃないね。

松之丞さんのネタも
昨日のようにはいかなかった。
集中力のない自分のせいだ。



で、次の一之輔さんの時には
何と爺さん、小銭をイジりだし
高級感溢れる東京芸術劇場
板張りの床にちゃりーんちゃりーんの
効果音をおみまいしていた。


一之輔さんのネタが
"番町皿屋敷"だったら良かったのに。
一枚、二枚と数える時に
ちゃりーん、なら満点だったよ
爺さん。
一之輔さんのネタは『あくび指南』。
だけど優雅にあくびなんか
出来るはずがない。


劇場の床は
絨毯の方がいいな、こういう時。

なんてことを思っていたら
前の席のおじさんが
「馬鹿やろう!」と振り向いて
爺さんを怒鳴り
それまで一之輔さんがマクラから
あっためてくれた空気が
瞬間冷却されたのがわかった。
この周囲の。

あー、頭に入ってこない。
あー、何の為にあたしは寄席に来た?
あー、年取るとなんでこうなって
しまうのだ…。

今度は"年を取る"ということについて
考え始める始末。


(浅草だったら許される、なモード?)

にしてもだ。
今回寄席にしては割とお高い入場料。

でも、この金額で
笑って気分良くなれるなら、と
購入したのに。
イケイケ池袋なだけに
今一番イケている講談師や落語家の
空気をまといたかったのに。
爺さんの空気の全身浴を
しているじゃないか。


落語や講談は
こっちの想像力で
満足度数が変化する芸術だ。

それを楽しめる、ってことは
想像力が存分にお有りになる
客層なはず。

だったら、観客も周囲に対して
その想像力を発揮するべきじゃ
なかろうか。


缶が倒れたら…

小銭が板の間に落ちたら…

いくら注意するにしても
馬鹿やろう!と怒鳴ったら…

年を取ってアクセルと
ブレーキを踏み間違えたら…


想像力を必要とする芸術に
どっぷりはまってしまったから
こんな人間になっちゃったのかなぁ、
あたしは。


想像力って、絶対大事だ。

枯らしちゃいけない
ものだよなぁ。

なんとも感慨深い
夢高座だった。

あーでも、夢だったら良かったのになぁ。