美術館の大理石を
カツカツいわせながら
絵を眺める。
ワクワクしていたはずなのに
段々と疲れてきて
最後の方は流して見る。
大概、そんな感じ。
だが、立ち止まり
その絵に引きずり込まれた時が
何度か、ある。
何がそうさせた?
何であたしは立ち止まった?
この、とことん削ぎ落とされた馬は
決して自分からは呼ばないヤツ。
だが、目を止めたきゃ止めていいよ。
お前が何者か、読んでやるよ、って
この馬は、少し引き気味に
あたしの様子を伺う気がした。
それから、
あたしの目を静かに見つめて
鎮めてくれたのだった。
画家に我がないからこそ、
この線画ような馬が
馬以上に生き物としてそこにいる。
画家は、馬を描いたのではない。
キャンバスの中にいたあの子を
探して出して
引っ張り出してあげた
感じがする。
我があっていいのは
キャンバスの上の馬だけでいい。
そんな気概。
だから
余計に、くる。
立ち止まって交流したくなる。
そうなのだ。
魂のある絵とは
交流できる絵なのだと思う。
そんな絵に出会えたあたしは
幸せ者だ。
#馬