負けとうないのう

帰宅すると
受験生が「これ、読んでみ」と
大学入試の現代文の問題集を
持ってきた。


「グッとくるから」

そう言って貸してくれた
問題集の付箋を開くと

木内 昇『庄助さん』とあった。

映画を撮る情熱が戦争で断ち切られた
青年と、
浪曲師への憧れを、生活のために
見切りをつけなければ
ならなかった映画館の支配人との
交流が書かれてあった。


何かに憧れ
それを目指しながらも
奥さんに自分の本音が言えず
挫折してしまったり、
戦争という逃れられない現実から
夢を諦めざるを得なかったり。

身に覚えが無い訳ではない
小説だった。


受験生は、この問題を解きながら
あたしを重ね
読ませてくれたのだった。


「のう、おっさん。
やっぱり現実は思うたより
ずっと手強い(てごわい)んじゃのう。
でも僕、負けとうないのう」


ラストの青年の言葉だ。

負けとうない。


受験生もあたしも大坂なおみ選手も。


久しぶりに解いた過去問は
あたしに未来を問いていた。