好きなセリフ。

 

 

「わたし、幸せになることを諦めませんから。

心配御無用。

案ずるなかれ。

お構いなく。」

 

ドラマ"大豆田とわ子と三人の元夫"の、

第一話。

とわ子が3人の元夫達へ畳みかける

啖呵が好きで、

事あるごとに甦っては

降ってくるセリフ。

 

"幸せになることを諦めない"

って思っていればそうなるだろうな。

あんなに多忙なのに毎日楽しそうだったし

ちょくちょくいい感じになれるのは、

ちゃんと意思決定しているからだ。

 

幸せになる、と決めちゃえばいいんだ。

 

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秘訣だな。

 

 

 

 

 

上が凄いことに…

 

 

腰掛けて、朝食をとっていた時だ。

もぐもぐしながらも目線の先はうす曇り。

 

あー、今日も青空

見えないのかなぁ…

 

既にあたしは"青空見えないモード"に

なってしまっていたものだから

こんなことになってるなんて

なかなか気づけなかったんだ。

 

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食器を片付けようか、と立ち上がって

窓からひょいと見上げてビックリの

東京上空。

 

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変化していくさまが

堪らなく面白いんだ。

 

これだから、朝がくるのが

楽しみになるんだよなぁ…。

 

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この映画でこの曲とは。

 

 

どこにも行く気がしないこんな日は

何をするかな…と。

 

で、ピンときたのは「かもめ食堂」。

 

ヘルシンキ行きたいなぁ、って

毎回この映画を観る度に北欧にざわざわしたり、

おにぎりが食べたくなるし、

ちゃんと美味しいものを作りたくなる。

やりたい放題したくなる映画なのだ。

 

まずは「コピ・ルアック」のおまじない。

真ん中に指でチョンとするだけで

珈琲が美味しくなる気がするし。

 

だけど今回刺さったのは

「やりたくないことを

やらないだけなんです」

の、サチエさんの言葉だ。

自分の今の答え合わせが出来た気がしたのだ。

大事な時期に、自分の生き先の指差し確認。

 

そしてエンドロールの井上陽水さんの曲

「クレイジーラブ」の…

 

"夏の終わりの夕暮れに

消えそうな空に

夢を私がえがくのは

特に意味がないから

風に追われて

ながされている"

 

を聴いた時、追い討ちをかけられて、

胸がいっぱいになったんだ。

 

"このままでいい"って、

そう言われた気がしてね。

 

 

自分の直感とこの映画に

感謝しまくった夕暮れの話。

 

 

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分厚い雲りの日で

本当に良かったなぁ。

 

 

 

 

 

優先順位。

 

 

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このチケットがいい感じなので

大事に大事に持って帰ってきた。

右側の点線が懐かしい、

もぎりチケット風になっているのがいい。

 

「浜の朝日の嘘つきどもと」は

実在する福島県南相馬市の映画館、

朝日座存続に奔走する映画だった。

 

東日本大震災を切り抜けたけど

コロナには勝てなかった、

古びた映画館の姿を見て

"不要不急"だと言われて

叩かれ続けている、いろいろな施設や

イベントのことを思い出した。

 

今はZOOMだ、VRだ…って

リアルよりもバーチャル世界の方が

何かと安心だし自分都合が効くけれど、

でもな…。

 

ヘッドセットつけて

"やったつもり"って

自分はちょっと苦手でね。

 

チケットのもぎられ感。

映画館の暗がり。

人の気配。

全部ひっくるめて記憶に残る。

 

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この映画で、

"人の熱量"に

じわじわきた。

 

正論を語りたい人は語ればいい。

だけど、

他人の優先順位を勝手に

四文字熟語で

ぶった斬って欲しくはない。

 

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この映画を観て、

自分の大事にしたいものが

より、明らかになったんだ。

 

いい映画だったなぁ。

 

 

 

 

#浜の朝日の嘘つきどもと

#シネスイッチ銀座

 

 

 

 

 

 

おしまいの日。

 

 

今年はあっけなかったなって

夏通過を淋しがっていたこと、

察知してくれたみたいな、おまけの夏日。

 

ちょっとだけどね。

 

そんな感じで再度ギラギラな太陽を

楽しませてくれたような日だった。

 

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セブンの"青の贅沢"を片手に

名残惜しい夏風情を

今日はとことん堪能したのだ。

 

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ラストの入道雲を見上げ

 

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激アツな欄干を触って…

 

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でも、漂ってきたのは

金木犀の香。

 

やっぱりおしまいの日かもな。

 

 

 

自然に、か。

 

 

今日一日中、曇りの雨だが…

 

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雲が多いのは豊かさの表れ。

雨が降り、稲が実り…って

聞いたことを思い出した。

 

ジタバタしようとしまいと

曇るし降るし、そして晴れる。

自然に任せる、だな。

無理せず力まずに自然に。

 

そうだよね、この空。

これはこれでなんだか

きれいで。

 

 

 

 

見えない部分。

 

 

言わなくて良かったなぁ…

 

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今日はそんなことを実感した事件があった。

 

自慢じゃないが、自分の癖、いや

特殊能力として

"一言多い"っていうのがある。

良くも悪くも言い過ぎるのだ。

良い方に転べば、事前に失敗を免れて感謝される。

だが悪い方に転べば、喧嘩になったり…。

ま、悪い方へいくことのが断然多いんだけどね。

 

 

退職を機に、その癖をやめると決めた。

余計なことは、絶対言わない。

自分にもだが、特に他人様に。

「それ、言わなくて良くない?」と

返されそうなことは事前に察知し、努力。

 

そんな決意をした時

息子は高3に。

受験が始まった。

あたしの努力を日々試すかのように、

見る度に、寝ているかスマホいじり。

口元がもう何度ピクついたことか。

 

だけど「勉強しなくていいの?」なんて

絶対に言わないようにした。

口が裂けても言わないと決めたのだ。

何度も裂けそうになったけど。

なんなら、

「疲れて横になってるなら、ちゃんと

布団に入りなよ」とか、

「甘いもんでも食べる?」

かなんか言っちゃって。

 

最初は我慢の連続。

だけど不思議、

だんだん慣れてくる。

 

でも、内心は心配で心配で。

結果はなんだかんだで

大学に入学できたが、受験後も腑に落ちず…

(何であんなに寝てた人が合格出来たのだろうか)

と、ある意味不思議で仕方なかった。

 

だが今日。

 

彼が使っていた赤本やら問題集が、

まだまだ片付け終わらずに残っていて

メルカリに出そうと娘と準備をしていた時だ。

 

ちゃんと、くまなくやってあるじゃん。

こんなに、いつやる暇があったんだろ。

 

書き込みの鉛筆の跡を消しゴムで消しながら

思ったのだ。

余計なことを言わなくて良かった、と。

 

たまたま自分の見たタイミングで

相手を決めつけるようなことを

言わなくて良かったってね。

 

このネタは、"ウチの子、勉強しなくても

大学に入ったのよ、凄いでしょ!"を

アピールしたくて書いたのではない。

 

ただ、自分都合で切り取った

相手の一場面だけを見て

その人が、

それはたとえ自分の子であったとしても

「勉強してない」とかって

その人となりを

決めつけて言うべきじゃないってことだ。

それをしながら「ストレス溜まるわ」とか

言っている場合じゃないのだ。

ある意味勝手に溜まってろ、だ。

 

赤本や問題集の残骸を見ながら、そして

消しながら、

見えない一面、

見せていない一面、を

想像以上に持ちあわせている、

他人の凄さを思ったのだ。

 

自分都合で"こんな人"って決めつけるより

こんな一面もあったのか!って

発掘する方が断然楽しい。

わからないからこそ、

面白い。

 

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こんな一面があったのか…と息子という人間を、

今更ながら尊敬したのだった。

 

勉強しろ!なんて言わないで

本当に良かった。